学校と、ホームスクールと

初めての子育て。誰も教えてくれないけど大切なこと。人と比べず情報に翻弄されず。経験をシェアすることで誰かの役に立つといいな。

「幸せ」について真面目に考えてみた


昨日観た「怪物」の中で、とても印象に残る台詞があった。

誰かにしか手に入らないものは幸せって言わない。しょうもない、しょうもない。誰にでも手に入るものを幸せって言うの。

この台詞を聞いて、すぐには意図を理解できなかったので、心の中で数回呟いた。それから、なるほどね、と思った。何か、勇気づけられる言葉だなーと思う。

 

「昨日の映画の中でね、こんな台詞があったの。とてもいい言葉だなと思った。」

と、マリ君にも話してみた。マリ君も「そうだね」と同意したけど、

「でも、戦争や飢餓に苦しんでいる国の人たちは、そうとも限らないよ」

と言った。

 

そこから、じゃあ、「幸せ」って何なんだろう?と言う疑問が私の中で渦を巻いた。そして考え抜いた末に、あるところで一旦考えがまとまった。幸せには「段階」があるのではないか、と。

 

まず、この映画の中の台詞の大前提として、幸せになるための最低条件があること。

 1. 身の安全が保障されていること

これは絶対条件。どんな理想的な考えも、これが保障されていなかったら机上の空論である。誰だって、家族や自分自身に身の危険が迫っている時に、どんな理論を唱えたってそれは何の意味もなさない。

次に、

 2. 衣食住に困っていないこと

これもまた、人間が人間らしく生きる上で必要不可欠といわれている条件。当たり前のようにも思えるけど、世の中にはこれら2つの条件すら満たされていない人々がどれほど居るだろうか。

そう考えると、日本では「幸せ」の最低条件をほとんどの人が満たしていることになる。じゃあ、日本人に置ける「幸せ」とは何なんだろう?ここで「幸せ」の段階が次へ進む。

 3. 経済的に苦しい生活を余儀なくされていないこと

なんじゃないかと。なぜなら、「経済的余裕」と「時間的余裕」はある程度イコールになると思うから。更に、「時間的余裕」と「身体的余裕」もイコールになり得る。つまり、

経済的余裕=時間的余裕=身体的余裕

と言う式が成り立つ。もちろん、これは絶対的ではないんだけど。

では、どこからの状態が「経済的に苦しい生活を余儀されていない」とラインを引くことが出来るのか?そこは難しいライン引きになるのではないか。なぜなら、その感覚はひとそれぞれだと思うから。おなじコップの中身でも、「これで十分」と思う人と「これでは足りない」と思う人がいるから。

と言う事は、幸せの条件の「1」と「2」と「3」を満たしていても、「幸せと感じる人」と「幸せと感じない人」がいることになる。

 

そして「幸せの段階」は最終段階へと進む。

 4. 上記3つの条件を満たし、更に「経済的に余裕がある」と自覚している場合

上記3つの全ての「幸せの条件」を満たした人は、その先の幸せを追い求めることになると思う。じゃあ、その先の幸せって何なんだろう?

それは、多分「他の人を幸せにすること」なんじゃないかと思う。それは、家族や友人だけではなく、自分を取り巻く他の人たちに感謝しシェアできること。困っている人に手を差し伸べられること。「身体的余裕」が生まれた状態で、ただ自分自身のためだけにその余裕を使うのと、その余裕を他の人たちのために使うのでは、心の満たされ方は全く違うのではないかと言う考えに至った。

 

そこで思い出したのが「スティーブ・ジョブズ」。Appleの共同創始者の1人であり、巨万の富を築いた人物。じゃあ彼は、人生最後に「自分は幸せだった」と思えたのか?56歳の若さで亡くなった彼は自分の人生をどう思ったのか?

私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。
他の人の目には、私の人生は、典型的な成功の縮図に見えるだろう。
しかし、仕事を除くと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりにあっては、富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。
病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。
私がずっとプライドを持っていたこと、認められてきたことや富は、
迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている。
 
             ‥‥中略‥‥

今、やっと理解したことがある。
人生において富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。
もっと大切な何か他のことを。
それは、人間関係や、芸術や、または若い頃からの夢かもしれない。
終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。
神は、誰の心の中にも、富によってもたらされる幻想ではなく、
愛を感じさせるための「感覚」を与えてくださった。

私が勝ち得た富は、死ぬときに一緒に持っていけるものではない。
私が持っていけるものは、愛情にあふれた思い出だけだ。
これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、
あなたに力を与えてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。

彼はここで、「富とは関係ないことを追い求めた方が良い」と言っていて、それが「芸術」や「夢」かもしれない、と言っているけど、私はやっぱり「人間関係」なくてして「愛情にあふれた思い出」は得られないと思う。

だから、結局のところ、ほとんどの人は「他人を思いやり、感謝し、相手のために何かをすること」で幸せになれるのではないか?と言う結論に至った。

 

家族や身の回りの人だけでなく、より多くの人を思いやる事で、その「幸せ」の大きさは一層大きくなるのではないかと思った。