我が子たちは、学校へ通ったりホームスクールだったりといろいろな経緯を経て今へ至っている。今日はそんな我が家の、ホームスクールの経緯ややってみて思った事、そして未来に思う事について書いてみようと思う。
元々キキが学校へ通わなくなったきっかけは、入学してすぐの事だった。小さい頃から音に敏感で繊細だったキキは、入学してすぐに「学校行きたくない」と言い始めた。最初の頃は「何とかして行かせよう」と思い、同調したり怒ったり勇気づけてみたりもした。それでも、毎朝「お腹痛い」「学校行きたくない」と泣くキキを見て、学校に相談することを決め、担任の先生やスクールカウンセラー、教頭先生や保健の先生などと話し合いを重ねた。どんなに話し合いを重ねてもお互いが平行線を辿り、いつまでも解決策が見出せずにいた時。ある先生に「どんなに泣いても、引きずってでも学校へ連れてきてください」と言われて初めて、学校へ対する「違和感」や「不信感」がハッキリと浮かび上がった。
そのことがきっかけで、夫婦で話し合い「学校に行かない選択」をすることを決めた。
今の状態に落ち着くまではもちろんいろいろと大変な事もあったし、迷ったり悩んだりもしたけど、振返ってみてみると、「学校に行かない選択」を選んでよかったと思う。
音に敏感で内向的だったキキは、人見知りせず何にでも関心を示す11歳の女の子へ成長した。どんな環境の変化の中でもすぐに適応し、私たちを驚かせた。

「学校へ通わせなきゃいけない」と言う親のプレッシャーから解放された私は、子ども達のペースで学んでいけばいいかと思えるようにもなった。
学校と言うシステムにどっぷりとハマっていなかったからこそ、「フランスへプチ移住してみようか」と言う発想が生まれ、実現させることが出来た。
そして、優しく、人を思いやれる子に育った。
もちろん、今でも迷いや困難なこともあるけど、彼女たちが彼女たちらしく成長していく姿をみることが出来るのは、ホームスクールのお陰であると思う。子ども達の心に余裕が生まれ、親の心にも余裕が生まれたのではないかと思う。
その余白に彼女たちは好きな物を詰め込むことが出来る。
どんな人生が幸せかと言えば、それは人それぞれだと思う。でも、どんな状態が自分にとっての本当の「幸せ」なのか分かっている人は少ないのかもしれない。「勉強が出来る」「良い大学へ合格する」「大企業に就職する」と言うのも一時の「幸せ」かもしれないけど、それはあくまでもプロセスの一環であることを忘れてはいけない。「勉強ができる」ことも「良い大学へ合格する」ことも「大企業に就職する」ことも、それはゴールではない。人はそれらのプロセスを経て次のステージへ向かう。そして人生のラストステージまでが「プロセス」であること。じゃあ、自分はその「ラストステージ」に何を求めるのか。そしてどんなプロセスを経るのか。
人生一度きりなので、私は子どもに自分が好きなことを自分の意志で出来るようになって欲しいと思う。でも、独りよがりではいけないとも思う。だから、感謝の気持ちを忘れないで欲しいと思う。